香港のスタートアップ、カマクラフーズは日本で弁当市場に参入した。同社が勝負を挑むのは、弁当そのものではない。温かい弁当を自動的に提供する、最新の技術やノウハウに裏打ちされたシステムで、深刻さを増す日本での人手不足を商機とする狙いだ。
11月17日。大阪・北浜のオフィス街の一角に、同社にとって、日本で最初の弁当自販機が稼働した。ミレニアムダイニング(兵庫県西宮市、重森貴弘社長)が関西でチェーン展開する「お弁当物語」の店頭に設置。この店舗で作った弁当の販売を始めた。
弁当ではなく供給網
カマクラフーズの日本での戦略提携先である中堅商社、原田産業(大阪市、原田暁社長)の佃征志郎・プロジェクトマネジャーは「3人以上の列ができると、お客さんがコンビニに流れてしまう」と話す。
実際、「お弁当物語」北浜店のそばには「セブンイレブン」と「ローソン」がある。専門店の弁当は味や値段などで決してコンビニに引けをとらないが、平日の昼食時間帯といった書き入れ時は、売り手不足から貴重な販売機会を失ってしまうこともある。店頭に自販機を設置し、そうした機会損失を防ぐ考えだ。
カマクラフーズは2019年の創業以来、「和田弁当」のブランド名で香港で温かい弁当を70万個以上販売してきた。オフィスビルや大学のキャンパス、建設現場など約30カ所に計40台の自販機を展開。香港では1日最大1200食の和風弁当を製造する厨房を運営する一方、提携する食品メーカーが調理した香港式の弁当も手掛ける。
カマクラフーズの創業者で最高経営責任者(CEO)の陳雋(ジェイソン・チェン)氏は「弁当作りでは日本人にかなわないので、それには投資しない」と言う。
商機とみるのは、厨房から独自開発の弁当自販機まで温かい弁当を提供するサプライチェーン(供給網)やそれを支える物流のシステムだ。「日本でのビジネスチャンスは大きい」とし、「スピード」と「人手不足」をポイントに挙げる。
17秒で提供「爆速弁当」
陳氏は東京大学で電気電子工学を修めた後、ソニーや香港の晶門半導体(ソロモン・システック)でディスプレー用のドライバーを設計する技術者などとして働いた経験を持つ。
日本留学中の鎌倉で身にしみた温かい弁当のおいしさや、大都市のオフィス街で目の当たりにする「ランチ難民」の現実を知り、半導体技術者からの転身を図った。
中食を主に扱う業者で構成する日本惣菜協会が毎年発行している「惣菜白書」によると、2022年の弁当やおにぎりなど「米飯類」の市場規模は前の年に比べ7.4%増の4兆7699億円と、新型コロナウイルス禍前の19年を上回った。
この「成長市場」に投入した最新型の自販機は、注文から17秒で弁当を提供できるのが特徴で「爆速弁当」と名付けた。車いすの人も利用しやすいうえ、数種類の弁当から選べるようになっている。
弁当自販機の導入推進の背景には、コンビニへの顧客流出阻止や顧客の待ち時間短縮に加え、午後6時以降の夕食市場の開拓もにらんだ動きだという。
日本の小売業、特に小規模店舗は深刻な人手不足に見舞われている。自販機の導入により、新たなスタッフを雇わなくても、販売機会拡大への道が開ける。陳氏は「こうした店舗での売り上げ増の手助けができる」と意気込む。来年3月末までに大阪や東京で計30台程度の導入を目指す。
食中毒防ぐ温度管理
カマクラフーズが開発したシステムの肝は温度管理にある。温かい弁当を提供しつつも食中毒の原因になる菌の増殖を抑えるため、弁当は製造から輸送、販売まで途切れることなく65度以上に保たれる。
この「ホットチェーン(高温物流)」は全地球測位システム(GPS)とクラウドを活用したIoTシステムで常時、監視・管理できる。
弁当は製造後すぐに70度強に設定した特製のヒーター付きの保温コンテナに入れる。48個の弁当を収納できる保温コンテナの温度と湿度を遠隔でチェックし、必要に応じて調整できるため、輸送用の車両に特別な機能は必要ない。同社によると、日米中で9件の特許を出願し、既に8件を取得したという。
食の安全の確保は極めて重要な問題だ。9月には老舗駅弁メーカーの吉田屋(青森県八戸市、吉田広城社長)で温度管理の不備などによる大規模な食中毒が発生し、同市保健所によると11月3日までに550人超の患者が確認されている。
同社の吉田社長は10月21日の記者会見で、食中毒の主な原因は「不適切な温度管理」だったと認めた。「時間とともに菌が増殖するリスクを十分に理解していなかった」などと述べた。
日本への新規参入の直前に発生したこの事件は、カマクラフーズにとっては他山の石となったといえる。吉田屋は食中毒と断定され営業禁止の行政処分を受け、11月4日に解除されるまで40日以上を要した。
日本事業拡大へ追加調達
カマクラフーズは日本での事業拡大に向け、24年に4度目の資金調達を目指している。これまでにベンチャーキャピタル(VC)3社や香港城市大学、同社自らの本社や弁当自販機を置く香港政府系インキュベーターのサイバーポート(数碼港)などから計数百万ドルを調達している。
その1つである香港の大手米穀商社、金源発展国際実業(ゴールデン・リソーシズ)は出資の狙いについて、コメ輸入需要を増やすことに加え、「フードチェーンの拡張やフードテック、人工知能(AI)アプリケーションのスタートアップを支援する」としている。
同社はベトナムでコンビニ店「サークルK」も運営しており、カマクラフーズと共同でベトナムへの自販機システムの導入にも取り組んでいる。
カマクラフーズの次のステップとしては、賃金上昇や少子化に伴い、飲食業界での自動化が進む中国本土への進出のようにみえる。しかし、中国本土を「全く異なる市場」と見なす陳氏は当面、日本での足場固めに注力する考えだ。
(引用元)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC243XU0U3A121C2000000/